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【はじめに】これから人の”人間力”をあげていこうと思います

こんにちは、リッチベクトルクリエイターの荒井ゆうすけです。

最初に、これからのコンテンツの目的を2つお伝えしておきます。

1.ご自身も、お子様も、家族全員も、人生を豊かにしていきたい、人生を切り拓いていきたい、現実を変えていきたい。そんな人の手助けになる学びを提供していくこと。

2.お子様や家族やご自身の人生をさらに豊かにするための手段として、当店の写真撮影を利用してもらうこと

この2つが目的となります。


ぼくは、三重県松阪市の写真スタジオ
【スタジオフォトアライ・ジュエ】で
店長(経営者)とフォトグラファーを
しています。

そして、お子様の成長への貢献や
人の内面的な不安をやわらげ、

前に踏み出してもらうための

専門の心理士でもあります。
(有資格者)

また、人の人生を経済的にも、精神的にも豊かな方へ導いていく

そんな学問を日々、探求しています。
(東洋思想や現代科学、脳科学や商売など)

それらの意志や活動をひっくるめた

自分の役割、お役目として

リッチベクトルクリエイターと称しています。

あと、小学校に入学する娘の父親です。

リッチ=豊かさ

ベクトル=方向、方向量

クリエイター=創り出す人


「人の人生が豊かになるための

地図を模索し、人が道を踏み出せるための

力を創造する」

そんなことをする人、目指す人っていう感じです。

(別のサイトでも、リッチベクトルクリエイターと、本名とは違うペンネームで語ることもあります。)


こういった、意志を持って、

10年以上活動させて頂いています。


そんな中、今のような不安がつのりやすい時代で、

人が、お子様が、家族が

未来に対して、閉塞感を持つことなく

投げやりになることもなく

現状のあきらめにも似た空気感を、無理やり受け入れることもなく


人生を豊かにしていくために必要なものを

改めて、認識してもらい、

模索してもらい、

学んでもらえる場。


そういった、場が必要なんだと思い、

どこまでお役立ちができるか
わかりませんが、

ぼくの10年以上の学びやメッセージをまとめたものを

提供していきたいと、考えたしだいです。

よろしくお願いいたします。

“人間力”をあげることが
豊かさには重要な時代

あなたは、今、この時代をどのようなものだとお考えでしょうか?

これから先の未来を主戦場とする

今のお子様の将来の社会はどうなるとお考えでしょうか?

「未来は明るい」
「希望が持てる」

そうお考えでしょうか?


おそらく、逆のように感じているのではないでしょうか。

不安定、不確実、複雑、不明確。

今はそんな時代だと言われています。

さらに、コロナ時代という難題があります。


こういった、先行きが見えにくく

「これが正解!」という確信も持てず

不安がつきまとう時代を

ぼくを含め、今の人たちやお子様は、生きていかなければなりません。


ただ生きていくだけで、いいんでしょうか?


ぼくは、”ただ生きていくだけ”ではダメだと思っています。

時代や社会や環境や世間に流されて、

そのまま、流されてしまうだけの生き方を

自分の子供には、してほしくないと考えています。


あなたはどうでしょうか?


あなた自身や、あなたのお子様が

未来は拓かれると信じられずに

選択肢を選べると知らずに

流されてしまうことを

良しとできますか?

そのような状態で、「生ききった!」と言えるでしょうか?


ハッキリ言って、ぼくは、そんなの嫌です。

娘にも、そんな生き方をしてほしくありません。

しかし、多くの人は、目先の不安や不確実性から解放されるために

瞬間的にホームランとなるような

そんな安易なやり方ばかりを探して、求めていたりします。

本質を見極めようとはしていないんですね。


また、あきらめにも似た様子で生きようとしたりしています。


「脱成長」という言葉を聞いたことがありますか?

これは、成長志向から脱出しよう、ということらしいです。

つまり、成長しようとしても

こんなコロナのような時代が来たら、意味がなくなるから

そのままの状態で、平穏に生きていこう

という考え方です。

そのままの状態で、成長も目指さずいることが

本当に、平穏だと言えますか?

そのままの状態でいるにも

維持するための力が必要になってきます。

時代は目まぐるしく変化しています。

そんな時代の中で、「維持する」ことを考えるのであれば、

時代の変化をつかみ、時代に合わせる必要があると思いませんか?

そのための成長が必要になってくるとは思いませんか?

だから、「脱成長」という考え方は

まったくもって、筋が通らないのです。

「脱成長」はほとんど「進んで脱落する」という意味で

積極的に「脱落」しようとしている人に

応援の声や、支援は届くと思いますでしょうか?

ぼくは、難しいと思います。


じゃあ、どうすればいいのか?

どうすれば、こんな時代でも、自分の豊かな人生を確立できるのか?

そして、お子様の人生を豊かにできるのか?

ぼくは、こう思っています。

その答えとは

【人間力をあげていくこと】

だと考えています。


人間力?なんだそれ?って感じかもしれませんね。

人間力とは、私たちが人間として

時代がどんなに変化しようとも

豊かさを見つけ出し、自ら実践して

生きていける力だと定義しています。


そして、私たちは、すでに人間です。

もともと人間力はあるっていうことです。

あとは、学び、高めていくだけなんです。


そして、その学びの姿勢や

意志や行動の結果を

未来を生きるお子様に伝えていきませんか?

子供たちが生きる未来を明るく照らして

進路を示せる灯台のような存在に

私たちがなっていきませんか?


そういった指針になるような学びや応援のコンテンツを

これから、このサイトを通じて

お届けしていきたいと思います。


もし、あなたの中の本来の心の炎が

今はまだ、灯火(ともしび)程度に灯(とも)っただけだったとしても

構いません。

ぼくも、まだまだ学びと実践の途中です。

そして、永遠に続けていくつもりです。

あなたも一緒に、この「道」を探求し

歩いていきませんか?

子供たちに明るい未来を託せるようにしませんか?


そもそも、なんでぼくがこのようなことを

考えるようになったのか?

そんなストーリーを
次のコーナーでお伝えしていきます。

全員が豊かさを感じられる世界になるために


ぼくには、小学校の頃から

「これだけは、守らないといけない!」

というものがあります。

それは

『女性には優しく、手を挙げず、守っていく』

ということです。

ぼくが小学生の時代は

“いじめ”というものが言語化されはじめた頃です。

今でいう、個性というもの(みんなと違う)は

当時の子供社会の中では、異端という扱いでした。

容姿がみんなと違う(当たり前ですが…)

学力がみんなと違う

好きなことがみんなと違う

明るいか落ち着いているか?がみんなと違う


こういった当たり前に、誰にでもある違いがあると、

その違いが、まるで劣等種かのように捉えられていて、

見下すように、支配するかのように、

階級をわけるかのようになっていました。


あれは、小学校5年生のときです。

ぼくのクラスの1人の女の子が

かなりひどくいじめられていました。

とても胸くそ悪い記憶なんで、今でもしっかり憶えています。


その子の机に触れてしまうと

「呪いがかかった」とか、そんなことが

頻繁に聞こえていました。


じゃあ、そのときぼくは、どうしていたのか?

「女性を守る」と言っていたぼくは?


正直に言います。

ほとんど何もできませんでした。

その女の子が1人のときに、他の子らがいないときに

普通に話しかけていたくらいです。

どうにかしたいとは思いました。

でも、周囲からなんて思われるか?

今度は、自分が”いじめ”の対象になってしまうのではないか?


そんな情けない保身のことを考えてしまっていました。

クラス全体の構図としては

男子のほとんどが積極的にひどい行いをする。

女子のほとんどが、傍観しているだけ。


そんな状況がしばらく続いた、ある日。

いじめがあるという事実が、ようやく学校に届きました。

クラスでの話し合いです。

担任だった先生は、泣きながら、お話されていました。

そうして、積極的にその女の子をいじめていた、男子全員で

心の底から謝ることになりました。

ぼくは積極的に加担していませんでしたが、

結局はなにもできなかったので

申し訳ない気持ちがありました。

だから、しっかり謝って、笑顔になってもらえるようにしたい。

そう思いながら、謝りにいく順番に並びました。

ぼくが謝る順番になったとき。

空気が変わりました。

「荒井くんは、謝らなくていい。」

その子は、そう言いました。

「ワタシに話しかけてくれたから。」

ぼくは泣きました。

安堵の涙ではないです。

後悔、悔しさ、不甲斐なさ、罪悪感の涙です。

ぼくができたことは、だれの目にも映らないところで

その子に、普段通り話しかけただけ。

自分にもっと勇気があれば、

自分の信念をもっと外に出せていたら。

そんな感情が渦巻いていました。

幸いにも、これでクラスのいじめは終結して、

また元の明るく元気なクラスに戻っていきました。


この出来事で、ぼくは

2度と同じ光景をぼくの前では引き起こしたくない。

誰かを守るためには、まず、自分に力をつけなくてはいけない。

そう思うようになりました。

そして、強くなるために

今まで、まったくしてこなかった勉強をし、

小学校でも中学校でも高校でも

学年優秀者となることもできました。


当然、思春期まっただなかということもあり、

だいぶ、こじれた思想にもなったこともありましたが

(力こそ全てだ!的な(笑))

学には本質があるということを意識できるようになりました。


そして、大人になった今、愕然としていることがあります。

自分の力の無さを思い知っていることがあります。

それは

あの、いじめの構図が、社会でも同じように変わらないまま

残っているということです。

いじめとは、違いを排斥し、誰かを劣ったものと見なし

優越感を満たし、排除する側が正義だとする、

歪んだ考えだと思います。

大人の社会にも、こんなことを感じる事実はありやしませんか?


女性の立場はどうですか?

本当に男女平等ですか?

ここから、口が悪くなります。

先に謝っておきます!ごめんなさい!

ご容赦ください!ぼく個人の見解です!


男女平等にしていこう。

は?なに言ってんの?

「していこう」ってことは、どっちかを下に見てたってことですよね。

しかも、女性を下に見てたってことですよね。

それ、間違ってますよ。

なんで、女性を下に見てんの?

逆でしょ。

もともと、女性がいなければ、世界は成り立っていないんですよ。

女性は崇(あが)め奉(たてまつ)られることが本来だと思っています。

その女性のために、男性が動くんですよ。

すべては女性が上。

というか、女性が世の中の全体性。

はっきり言って、今の時代なら、男性は女性の掌の上で転がりながら

使命を立てて、まっとうしていく生き方がいいとさえ思います。

その方が、「現実」は動きやすいから。


たまに、自分1人の力でここまでやってきた!

っていうドヤった態度の男性を見かけます。

そんなときは

「あー、確実に痛い目、見るなー」って思います。

だれに産んでもらって、今の生(せい)を生きてきましたか?

女性ですよね。

自分1人の力だけって思った時点で

いろいろなものに支えられてきたという

感謝の念がないですよね。

そんな、自分だけのことしか考えていない人を

だれがこれから応援していくのでしょうか?

痛い目を見て、学んで改心したほうがいいです。


ということで、ぼくが考える豊かさとは

女性が生きやくなるために、女性本来の力を発揮する。

その中で、女性も男性も、個人が人間力を高めていく必要があると思います。

そうやって、女性は女神へ
男性は男神(おがみ)へなっていき

合わさってできた子供もまた

神様のようになっていく世界が

豊かな世界だと考えています。


だから、まずは、女性の本来ある力の発揮ができる社会をつくる。

男性は、支えて、守って、女性が安心の場を作れるようにして、

その上で、お互いが個人の力をつけて、志を立てて実践していく。

そして、未来そのものである、子供を育てていく。

これが、理想の社会の在り方だと考えています。

そのためには、「人間」というものの理解が必要で、

一緒に、理想世界のために一人一人が

学んでいきませんか?

人間力を高めて、未来を明るくしていきませんか?

という、お誘いなんです。

詳しいことや、細かいことは

だいぶ飛ばしました。

これからは、こういった豊かさを実現するために

なにを考えて、どうしていけばいいのか?

子育てに大切なものとは?

大事にしていきたい、古来からある文化とは?

ということを、コンテンツにしてまとめていこうと思います。

これからのコンテンツは、完璧でも、完成でもありません。

ですが、学んで動かないことには、なにも変わりません。

そんな、なにも変わらない未来を

今の子供たちや娘に渡したくないので

ぼくは、1mmも進めそうにないときでも、

ウンウン唸りながら、動きます。

あなたは、どうですか?


ちょっと長くなりましたが、

最後まで読んでいただいてありがとうございます。

ともに「道」を進んでくれる人が、いてくれたら嬉しいです。

ありがとうございました!